英国的美しさを持つプログレッシヴ・ロック・バンド、 ジェネシス。
全体的に美しさ漂う楽曲が多数を占め、英国的雰囲気を醸し出している。 小説や童謡をモチーフにした曲やドイツ民話や聖書を取り入れた曲など ファンタジーや 田園風景を思わせる作品が多い。 プログレッシヴ・ロックとして一体感のあるサウンドを持っており、 英国ロックに多大な影響を与えた。 ライヴ・ステージでは独自の演出をし、ドラマ性を強調した。 曲の登場人物を装った仮面や服装で現れたりと 物語をステージで再現し、すばらしい演劇性を魅せた。
70年代前半はピーター・ガブリエル主導で 英国プログレッシヴ・ロック・バンドとして活躍し、 革新的なアルバムをリリースした。 70年代後半からはフィル・コリンズ主導で活躍し、 80年代は美しさを持つポップ・バンドとして活躍。 トップ・チャートにヒット曲を送り、世界ツアーを重ねた。 現在は活動停止から復活し、 ジェネシスの歴史は今も続いている。
黄金期のメンバー
ピーター・ガブリエル・・・ヴォーカル
トニー・バンクス・・・キーボード
マイク・ラザフォード・・・ベース
スティーヴ・ハケット・・・ギター
フィル・コリンズ・・・ドラム
パブリック・スクールでピーター・ガブリエル(ボーカル、当初は ドラムもプレイしていた)と トニー・バンクス(キーボード)がバンドを結成。 これがジェネシスの前進バンドだ。 アンソニー・フィリップス(ギター)、クリス・スチュアート(ドラム) 、マイク・ラザフォード(ベース)が加入し、 67年にバンド名がジェネシスとなる。
68年、クリス・スチュアートが脱退してジョン・シルバー(ドラム)が加入し、 デビュー・シングル"死せる太陽"をリリース。
69年、デビュー・アルバム"創世記"とリリース。 若き彼らがなかなかのソングライティングを魅せたが たいして話題にならなかった。 その後、ジョン・シルバーが脱退。
70年、ジョン・メイヒュー(ドラム)が加入し、 アルバム"トレスパス(侵入)"をリリース。 このアルバムは前作よりも完成度が増しており、 オルガンなども効果的に使用し、後のジェネシスを 作り上げたアルバムと言っていい。 その後、アンソニー・フィリップスと ジョン・メイヒューが脱退。
71年、スティーヴ・ハケット (ギター)とフィル・コリンズ (ドラム)が加入し、アルバム"ナーサリー・クライム"を リリース。このアルバムはジェネシスのブレイク作であり代表作だ。 バロック系などジェネシスにしかできない音を出しており、 この作品で本格的にプログレッシヴ・ロック・バンドとして 開化した。
72年、アルバム"フォックストロット"をリリース。 物語のような流れを持つサウンド、印象的なメロントロンや アコースティック・ギターなど完成度が非常に高い プログレッシヴ・ロック・アルバムだ。 ジェネシスの代表曲である"ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズ" や"サパーズ・レディ"などを収録している。
73年、アルバム"セリング・イングランド・バイ・ザ・パウンド (月影の騎士)"をリリース。 このアルバムは ピーター・ガブリエルが思い描いたコンセプトを具体化させた 作品だ。英国的雰囲気に満ちており、ジェネシスの最高傑作とも 評される名作。 同年にライヴ・アルバム"ライヴ"をリリース。
74年、アルバム"ザ・ラム・ライズ・ダウン・オン・ブロードウェイ (眩惑のブロードウェイ)" をリリース。このアルバムはジェネシスの最高傑作と言われる ロック・オペラだ。プエルトリコ人の青年ラエル を中心に様々な人物をとらえ、それぞれの人生や心を 表した物語であり、"イット"は最高の名曲だ。
75年、ピーター・ガブリエルが脱退。フロントマンでありバンドの 顔であったガブリエルの脱退はファンにとってもバンドにとっても 一大事だった。ジェネシスは新たなボーカルを迎えることはせず、 フィル・コリンズがボーカル兼ドラムとして活躍することになる。 ライヴにはサポート・ドラマーを加え、フィル・コリンズと ツイン・ドラムを披露することになった。
76年、アルバム"トリック・オブ・ザ・テイル"をリリース。 ガブリエルの脱退を心配されたジェネシスだったが このアルバムでガブリエルなしでもやっていけることを 証明した。このアルバムは素晴らしい完成度を誇っており、 英国的美しさも全開。名曲"ロス・エンドス"も収録している。
77年、アルバム"静寂の嵐"をリリース。 この頃パンク・ムーブメント真っ只中であり、プログレ・ブームは 完全に終わっていた。このアルバムは前作までの芸術性に欠け、 楽曲はポップス化している。 そしてスティーヴ・ハケットが脱退し、ジェネシスはトリオ編成と なった。 同年にライヴ・アルバム"セカンズ・アウト(眩惑のスーパー・ライヴ)" をリリース。
78年、アルバム"そして3人が残った"をリリース。 このアルバムはプログレ的な雰囲気を保ちながらポップスを 加えたサウンドを展開している。大ヒット曲"フォロー・ユー・フォロー ・ミー"
そしてこの後、ジェネシスはプログレッシヴ・ロック・バンド
ではなくなり、ポップ・バンドとなっていった。
80年代は、80年にアルバム"デューク"、81年にアルバム"アバカブ"、
82年にアルバム"スリー・サイド・ライヴ"、84年にアルバム
"ジェネシス"、86年にアルバム"インヴィジブル・タッチ"をリリースし
それぞれヒットさせた。
90年代は91年にアルバム"ウィ・キャント・ダンス"、92年にアルバム
"もうひとつのジェネシス:ライヴ"、93年にアルバム"もうひとつのジェネシス:ライヴ後編"
をリリース。
そして、96年にフィル・コリンズが脱退し、レイ・ウィルソンが加入。
97年にアルバム"コーリング・オール・ステーションズ"をリリース。
セールス的に伸び悩んだジェネシスは98年に
活動を停止した。同年にアルバム"アーカイヴ 1967-1975"、
99年にアルバム"ベスト・アルバム"(99年リリース)をリリースした。
その後、00年にアルバム"アーカイヴ#2 1976-1992"、
04年にアルバム"プラチナム・コレクション"
をリリース。
そして、06年にフィル・コリンズが復帰し、ジェネシスは活動を再開。
ツアーを開始した。
07年にアルバム"ジェネシス 1976-1982"と
アルバム"ターン・イット・オン・アゲイン"と
アルバム"ジェネシス 1976-1982"をリリースした。